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2018.08.23

[インタビュー] Diversity and possibilities 多様な世界と建築を結ぶ、強くしなやかな思考

デザインショップ、ギャラリー、レストラン、住宅。 そこにあるべき確かな空間と時間を設計している建築家・工藤桃子さん。 工藤さんがインテリアの設計を担当した
2017年 4 月に銀座 4 丁目ガス灯通りに移転オープンの
SAYEGUSA「 ザ・メインストア銀座」にはユニークな思考のプロセスが投影されています。
illustration _ Yoshimi Hatori  text _ Aya Ogawa

建築家ー工藤桃子

ストレートの黒髪と、涼やかな目元が印象的な建築家・工藤桃子さん。都内で注目されるインテリアショップ、ギャラリーやレストランなどの設計
をはじめ、展覧会の会場構成や宿泊施設を手がけるなど、クリエイションの領域を広げています。そして、2017年4月、多くのファンに愛されてきた銀座7丁目のギンザのサヱグサを4 丁目に移転し、 新たにオープンした SAYEGUSA「ザ・メインストア銀座」のインテリア設計も工藤さんが担当して います。

一見クールな工藤さんですが、子ども時代について伺うと 、「私の母に言わせると“3歳から我の強い、あまのじゃくな子ども”だったとか。小さい頃から自分の意志をはっきり持っていたようです」 と笑顔に変わりました。

工藤さんは東京生まれ。3歳になる直前、仕事の都合でスイスへ赴任する父とともに家族でバーゼル、のちにチューリヒに移住しました。「海外で暮らすから、というわけではなく、母は子どもであっても、常に個人の意思を尊重していました。例えば小学校に入学する時、母は日本 人学校か現地校に通うかを兄と私それぞれに選択させたのです。兄は日本人学校、私は現地校がいいと言ったので、母は毎朝車でそれぞれ別の学校に送るわけです。自分の都合で考えたら、兄妹を同 じ学校に通わせた方が都合がいいけどそうはしな かった。でも現地校で大変な思いをしても“あな たが自分で決めたのよ”と言われましたけど。自己責任ですね(笑)」

現地校では当初言葉の壁に苦労しつつも、子どもの柔軟さで、あっという間に習得したという工 藤さん。もともと多民族なところに移民も多いス イスの社会を反映したような子どもの世界でも、のびのびと過ごしたそうです。小学校4年生の時に家族で日本に帰国。その 時のことを工藤さんはカルチャーショックがいっぱいだった!と振り返ります。本人も見事な黒髪なので変えようがないけれど、教室を開けたら黒髪に黒い瞳の日本人しかいない。多様性から均 一な社会で生きる自覚は、見た目だけでなく、ものの考え方からも感じていきます。

「例えば、スイスでは、問題から解を導くスピードが異なっても、プロセスがいくつあってもよいということが前提でした。何事にももっと違う道筋があるのではないか、異なる解答があるかもしれない、という思考が身につきました。それは多民族で宗教・習慣も異なる子どもたちが同じコミュニティ にいることが背景なのだと思います」 また、スイスで戦争亡命してきたイラン人の女 の子にいじめられた時に、「戦争のない平和な国 で生まれたあなたがうらやましかったのでは」と いう母の言葉に、いじめは理不尽でもそこには明 確な理由があったことに気づいたそう。「日本でもいじめはあったけど、その理由は些細で感情的だと感じました。私は理由を見出せないものに共感ができない。自分の理想ができあがっていたのだと意識したんです」

 


「ザ・メインストア銀座」1 階。トレンド&カジュアルをコンセプトにオリジナルとインポートアイテムが並ぶ。工藤さんは既存の白い空間を生かしつつ、質の高いファブリックやつくり込んだ ディテールの子ども服を引き立てるステージをオーク無垢材で製作。

2階はベビー&シューズフロア。白染色のオーク無垢材の床や曲線を生かした空間が、繊細なアイテムをやわらかく包む。


数字では計れない「美しさ」にひかれ 美大へ、そして建築の世界へ。

紆余曲折の学生時代に得たものは 多様性を編集し、豊かさに変換する力

 

芯が強く意志がはっきりしているだけに、学校という枠組みでは少々窮屈な思いをしてきた工藤さんですが、中学・高校時代に邦画や日本文学の世界に没 頭できた、ある意味幸せな学生時代を過ごします。転機が訪れたのが高校3年の時。それまでのめりこんでいた物理学などから、数字では 計れない「美しさ」について考えたり実践すること に惹かれ、理系から一転して美大を受験。多摩美術大学環境デザイン学科に入学しました。

大学でも心が赴くままその時のめり込んだものを吸収。金属や木工など工芸的な加工や素材に惹かれた時は、他大学の工芸科に潜って授業を受けたりもしたそう。ようやく建築に興味が湧き出したころに読んだ今和次郎の民俗学や歴史の本からは、建築の社会的な意義だけでなく土地固有の素材と建築の必然の関係を学び、今でも影響を 受けているとか。 社会人となって設計事務所に勤務しますが、“ 建築をするならこの人に会ってお きたい”という思いから再び大学へ。建築史家の藤森照信さんの研究室の門を叩きます。

そして藤森さんからは「建築は楽しい」という最もシンプルで大切なメッ セージを受け取りました。例えば各地の視察や見 学会に同行した時には、車から真っ先に降りて目 的地に誰よりも早く向かい、撮影して記録におさめる藤森さんの姿を見ながら、そのバイタリティと姿勢に、建築はまだまだ勉強することがあるし、魅力的な仕事だと気付かされたと言います。 また、生徒ともフラットな関係性を築き、領域や世代を超えて情報を享受していた藤森さんの姿勢 にも大いに影響を受けます。さまざまなジャンルの情報や文脈を編集し、建築へと結びつけていく魅力。それが施主への初めのインタビューを最も大切にする工藤さんの設計のアプローチへとつな がったそうです。本当にその人が求めている心地よさとは何か。それをリサーチするために必要だったのは建築の知識だけでなく、幼い頃から学生時代まで過ごした多様な社会での体験や心の襞(ひだ)だったのです。

 

銀座の街とともに歩んできた SAYEGUSA の歴史を踏まえ、 完成後により良く経年変化し、

オリジナルの使い方ができる空間を提案

 

「建築の豊かさは建築だけを学んでいてはつくることができないことを、独立してより強く感じましたし、そこに本来の建築の魅力があると気づきました」SAYEGUSAの銀座の店舗設計の依頼を受け、リサーチをした工藤さんは、「ギンザのサヱグサ」のブランドを育てて来た歴史の長さに興味と共感を持ったと言います。

「1869 年に創業した家業を継いで、銀座という街とともに歩んで来た三枝社長にインタビューで想いをお聞きして、一緒に店舗をつくっていきたい、と感じました。空間を長く使いたいと思ってくれる人のための設計がしたい。そのためにはよい素材を使いますし、完成時が100%ではなく、年々味わいが深くなったり、使っていくうちに、オリジナルの使い勝手のよさが生まれたりする設計を目指しています。東京はスクラップビルドのスパンが短くて、商業空間はどうしても流行り廃りのものでお客様の興味をひこうとするケースが多い。でもそれには疑問を感じます。子どもたちにとってもよい素材を見せて触れさせていきたいし、価値観をシフトしていきたいですね」

「ザ・メインストア銀座」は、店舗自体を真新しく設計するのではなく、既存の建物の構造を生かしながら 、そして7丁目の店舗で使っていた照 明器具や什器もなるべく引き継ぎながら、要素と要素をなじませることを意識した、という工藤さん。ものや素材の連続性を大切にすることは、伝統や文化を引き継ぐことにも重なっていきます。3フロアを巡ると、工藤さんが床や壁面、棚板の素材や色合い、ハンガーパイプの形状などディテールを突き詰めながら、それぞれの空間に流れるべきストー リーを無理なく構築していることが感じられます。 「ザ・メインストア銀座」に続 き 、2018年9月に移転オープンした「ザ・ストア大阪」も工藤さんが設計を担当。元々ある大理石がラグジュアリーなテイストを感じさせる大阪店。ここでも既存の空間と、新たに使う素材の強度がなじむように配慮したそう。

SAYEGUSA が子ども服を通じて銀座の伝統と文化を伝える空間と時間を、工藤さんが紡ぎ出しています。 今後は、建築的な思考を軸に他のジャンルの方々と協業しながら、最適な解を導くプロセスに関わ っていきたい、という工藤さん。多様化する社会で、ソリューションをいく通りにも考え、柔軟に向かっていく姿は、凛々しく、そして頼もしい存在でもあ ります。 完

 

 


ドレスアップ & トラディショナルをコンセプトにセミフ ォーマルからフォーマルウエアを扱う 3 階はロイヤルブルー を基調に。旧店舗で使っていたペンダントライトをシャンデ リアのように配置し、遊び心も加えて。

ガス灯通りに 面した「ザ・メインストア銀座」外観。大きなショーウィン ドウでクラウンマークがお出迎え。


工藤 桃子 (くどうももこ)

一級建築士。東京生まれ。小学校3年までスイス・バーゼル、およびチューリヒで育つ。2006年多摩美術大学環境デザイン学科卒業。13年工学院大学大学院藤森研究室修士課程修了。07 –11年松田平田設計勤務、13 –15年 DAIKEI MILLSデザインユニットとして活動ののち、15年MOMOKO KUDO ARCHITECTS 設立。