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2018.03.21

[エッセイ] ある日の服の記憶 あたらしい私 Brand new day

“ハレの日”。その日こそは、綺麗な服、きちんとした服。“特別”な服を着たい。
記憶や写真に残るであろうその日を、更に“特別”な気持ちで迎えられるはず。
纏う服で気持ちが変わる。その一日が変わる。記憶や経験を作ることをもっと楽しんでみよう。
ミュージシャン、そして母でもある坂本美雨さんが自身の記憶と重ねて綴る服の話。

纏うということ
̶ 坂本美雨

幼い頃は、きちんとした格好をする機会が多くてフリフリもたくさん着せてもらったはずだけれど、なぜか大人になってふいに思い出すのは、ひいおばあちゃんが倒れた時、お見舞いに行った時のこと。母は私に、紺色のカーディガンとスカートのセットアップを着せた。暗めの服、でも子供だから真っ黒ではなく、フォーマルすぎず、ちょうどよいきちんと感。それが、子どもながらに母の考える「その場にふさわしい服」をはっきりと意識して納得をした瞬間だったかもしれない。

自分で服を選ぶようになると、服で自分の好きな世界観を現すようになっていった。高校生の頃は、聴いていた音楽に影響された、全身真っ黒の装い。厚底のソールのゴツいブーツ。“外側”だと思っていた世界から自分も守ってくれるような気がした。もしかしたら、周りからは近づきがたいと思われていたかもしれない。でも洋服によってお互いの”種族”を嗅ぎ分け合って友人になることもあった。黒い洋服しか着なくても、不思議なことに、母は止めなさいとは言わなかった。

音楽を始めてからは、その時の作品の一部としての洋服を選ぶことも増えた。人前に立つようにもなり、ステージ衣装で変身させてもらう時は情熱を込めて洋服を作っている人や自分のために選んでくれた人。そういう人たちの想いを借りて堂々と立つことができる。そんな気持ちも味わった。

20代になると、普段からヒールを履くようになった。高くて美しいハイヒールをがんばって買っていた時期もある。痛くてもそんなこと微塵も見せずに、少しでもかっこよく颯爽と歩きたかった。

30代後半にさしかかり、母である今の私は、着心地が一番大事になり、クローゼットには柔らかく軽い素材ばかりになった。娘をいつでも追いかけられるスニーカーを履いて玄関を今日も出る。

出かける先、出会う人や場所に合わせてその場をもっと楽しむための服。場と溶け合って自分を消すための服。違う自分を引き出してくれる服。自分を守ってくれる服。大事な人との時間を楽しむための服。

いろんな服の存在を教えてくれたのは、母であり、育っていく中で出会った周りの大人たちであり、好きになったミュージシャンであり、友人たちであり、変化してきた人生そのものだ。

様々な出会いに影響されて洋服を纏っていくのは、なんて豊かなことなんだろう。

50歳になった私はどんな服を着ているだろうか。その頃には娘も、自分で選び、自分のお金で買った服で好きな世界を表現していることだろう。それがどんなものでも、私は見守ってあげたい。

どうか、あなたも、あなただけの服と出会っていってほしい。

SAYEGUSAのフォーマルドレス

美しい花を見たとき、心が自然と華やぐ。このドレスを見た時の気持ちは、それと似ている。繊細な刺繍、華やかな色使い、揺れるスカート。“特別な服”と感じる要素全てがぎゅっと詰まった一着。サヱグサの繊細なレースや花刺繍、ふんわりと広がるシルエットは、纏った瞬間に気持ちを華やかにしてくれる。いつもとは違うという意識を自然と芽生えさせてくれる美しいドレスは、着ただけで、仕草はちょっぴりおしとやかに、姿勢はいつもより美しく。子どもだって、着るもの次第で気持ちが大きく変わる。そんな服をハレの日こそは纏わせてあげたい。


坂本 美雨(さかもと みう)

1980年生まれ。1990年に音楽家である両親と共に渡米。ニューヨークで育つ。1997年「RyuichiSakamoto feat. Sister M」名義でデビュー。以降、本名で音楽活動を開始。2013年初のベストアルバム『miusic – best of 1997~2012』を発表。2015年7月に第一子となる女児を出産。音楽活動の傍ら、演劇出演、ナレーション、執筆も行う。