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2018.09.19

TO EXPRESS YOURSELVES 3人の表現者、それぞれが捉える風景③―小㞍 健太 ダンサー・振付家―

”3人の表現者、それぞれが捉える風景”

まるで想像すらできなかったアイディアや、人の心を動かすような表情を創り出すアーティストがいる。大切なのは、他人と違うユニークな視点を持ち続けることと、そして、ほんのちょっとの勇気を付け加えること。日本を代表する3人の表現者へのインタビュー。彼らが歩んだストーリーと、子どもたちへのメッセージ。

対話するダンス
―小㞍 健太

小㞍健太さんは3 歳でクラシックバレエを始め、若くして渡欧。
名門「ネザーランド・ダンス・シアター1」で日本人男性初のダンサーとして活躍後、現在は新たな挑戦にふみ出しています。ダンス人生の節目となった出会いとは。

 

幼少時に始めたというダンスは、ご自分から?
3歳のころフィギュアスケートを見て、あんな風にくるくる踊りたい!となった僕を、親がバレエ教室に連れて行ったのが始まりです。大学受験を機にバレエをやめようと思っていたころ、バレエ留学の登竜門であるローザンヌ国際バレエコンクールの日本講習に刺激され、出場を決心して猛練習。結果、プロ舞踊団で研修できるスカラシップを受賞し、モナコ公国モンテカルロ・バレエ団に加わりました。

さらに、世界的な振付家のイリ・キリアンが率いたネザーランド・ダンス・シアターに移籍。バレエ技術を基礎としたコンテンポラリー・ダンスで活躍し、日本人男性初のメインカンパニー団員となります。
キリアンの振付は、人間の内面や音楽そのものなど、抽象的なものを魔法のようにダンスにしていきます。自分もそこに加われたらと入団を目指し、実現しました。キリアンはとても知的で、コミュニケーションが巧みな人でした。まだ英語が苦手で文化圏も違う僕に、たとえば「日本にもこんな神話があったよね」と幅広い知識を生かして、彼の意図を僕が自分のものにする手助けをしてくれました。対話からダンサーの力を引き出す能力がとても高く、僕も「誰かを演じたり意識したりするより、自分自身として踊ればいいんだ」という気持ちになれました。

2010年の退団後は、『ボレロ』で知られる伝説のダンサー、シルヴィ・ギエムのツアーに加わりました。
最初は緊張感がありましたが、ちょうど東日本大震災が起きた時期で、彼女が僕を気遣ってくれて打ち解けました。舞台上でもそれ以外でも、貴重な経験になった日々です。ツアーを離れ帰国を決めたときは「人生には決断が必要なときがある。だからこそ、後悔しない生き方を」と送り出してもらいました。

帰国後は渡辺レイさんとOptoを主宰し、国際的なダンサーの安藤洋子さんや島地保武さんらと協働。初ソロ「Study for Self/portrait」は新境地でしたね。
様々な出会いも自分のダンス観を更新する契機になりました。去年のソロはそうしたことを経て、自分が何を表現したいのかを改めて見つめた公演。より身体と向き合うために即興を取り入れ、様々なものと対話するような挑戦でした。今後は欧州と日本をつなぐ役割も自分なりにできたらと思っています。

子どもたちへのメッセージをお願いします。
子どもたちとのワークショップで舞台に上がり、本番と同じ照明やスタッフを使ってみると、目を輝かせてくれます。そうした経験は成長後も大切なものとして残るのでは。子どもの感性を過小評価せず、本物にふれる機会をあげられたらと思います。 完


小㞍 健太(こじり けんた) 
1981年千葉県生まれ。1999年ローザンヌ国際バレエコンクールにてプロ・スカラシップ賞受賞。モナコ公国モンテカルロ・バレエ団やネザーランド・ダンス・シアターで活躍する。2010 年からフリーランスとなり、主宰のコンテンポラリーダンスプロジェクト「Opto」など、国内外で意欲的に活動する。www.kojiri.jp

photograph _ momoko japan text _ Shinichi Uchida