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2021.07.01

<Sayegusa Experience Talk> No.5 養老孟司さん

解剖学者・養老孟司さんにお聞きする
子どもたちを幸せにするためのヒントとは

第5回目は、東京大学名誉教授の養老孟司さんをお迎えしました。解剖学者として、長年にわたり「人間」を研究されてきた養老先生。平成を代表する名著『バカの壁』など、著書では一般的な心の問題や社会現象、時には子育てなどについて、医学、生物学的領域の豊富な知識を交えながら解説され、多くの読者を得ています。また、顧問をされている山梨県道志村の「養老の森」では森の暮らしを問い直し、子ども達のための場と時間創りを行っていらっしゃいます。

養老先生は、自然とは「人間が造ったものではないもの」のこと。つまり、人間も自然であり、その際たるものが「子ども」なのだと教えてくださいました。今、子どもを自然に触れさせることの必要性は多くの方がご存知と思いますが、では、それはなぜ大切なのでしょうか?簡単に答えられそうで実は難しいこの問いを、知の巨人・養老先生との対話から改めて考えてみたいと思います。

今回の対談は、先生のご趣味である昆虫の標本を約10万点も所蔵するという、神奈川県箱根の別邸「養老昆虫館」にて行われました。

Photo : Yoshihiro Miyagawa

 

養老孟司(ようろうたけし)

1937年鎌倉生まれ。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。専門は解剖学。心の問題や社会現象を、脳科学や解剖学などの知識を交えながら鋭くも穏やかな語り口で解説し、多くのファンを得ている。1989年『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞受賞2003年『バカの壁』(新潮社)で毎日出版文化賞を受賞。本書は大ヒットし、2003年のベストセラー第1位となる。2017年京都国際マンガミュージアム名誉館長就任。大の虫好きとしても知られ、昆虫採集・標本作成を続けている。『唯脳論』(青土社)、『身体の文学史』(新潮社)、『遺言。』(新潮社)、「虫眼とアニ眼」(徳間書店)、「いちばん大事なこと-養老教授の環境論」(集英社)、「虫捕る子だけが生き残る」(小学館)など著書多数。

こちらからダイジェストをご覧いただけます。

三枝今日は私の父と同い歳の先生がお相手ということで、かなり緊張しておりますが、よろしくお願いいたします。

日本だけの問題ではないかもしれませんが、最近は子どもたちの自然体験不足が問題になっています。現代の都心に住む子どもたちが置かれている状況を、先生はどのようにご覧になっていますか?

 

養老さん(以下敬称略):自然体験というのは、根本的には里山に連れていって放しておく。勝手にさせておく。そういう時間をできる限りもたせておくことです。人間は元々、自然のなかでもちゃんと育つように出来ているはずなんです。いまの子どもだけでなく、親の世代でも、そういうことを発育の段階で経験出来ているかというと、かなり怪しくなってしまいました。

一方、都市環境というのは、人間が自然をコントロール下に置いて特定の目的のために作ったもの。間違いなく不自然です。今、スマートシティってさかんにやっていますけど、デジタル化やAI化が進んでいくと無駄なものが一切ない世界になっていきます。
徹底的に便利にするっていうことは、特定の目的のために全てをシステム化してしまうことです。子どもは本来、置かれた状況のなかでも隙間をみつけて、居場所を見つけて遊べる生き物なのですが、そこには子どもの入る余地がない。子どもは落ちているゴミでも遊べるわけですけれど、そういうのが一切ないような世界になっちゃうわけですから。そういう隙間といいますか、余裕が、効率化の過程でどんどん消えていくんですね。

三枝:人間よりもシステムが重要視されてしまって、生身の人間が置き去りになった世界ですね。

 

養老:世界中が猛烈な勢いで都市化していることは、ほんとうに問題だと思います。都市化をすすめる中で人間は、自然に属する事柄を差別してわきに押しやってきた。そういう世界を作ってしまった影響がはっきり出ているのが、少子化ですね。どこの国でも子どもが少なくなっています。つまり、子どもと都市化された環境が折り合わないってことがはっきり示されているんですね。僕は都市化したから少子化になったのだと思っています。都市とは基本的に意識が作り出した世界。今の人間の意識の中では自然物が余分なものだから、子どもが入ってこないんですね。

 

三枝:都市という徹底された人工物の中では、子どもという自然物が存在しにくいということですか?

 

養老:そう。子どもは自然物です。すごく極端にいえば、雑草が生えた、ゴキ○リが出たというのと同じような発想になってしまうんです。予定されていないもの、都市化には必要ないものというね。だから、少子化のひとつの解決策としては、子どもが入ってくることを予定する都市開発ですね。子どものための空間、子どもにどういうものを与えるかとか、そういうのを皆でちゃんと考えることです。

三枝 :ほとんどの人たちが資本主義経済を基盤に生活を営んでいる中で、人工物である都市を捨てて、みんなが自然物に囲まれた本来の暮らしを取り戻すことは、やっぱり難しいでしょうね。

 

養老:だから僕は20年くらい前から、都市生活もパートタイムですればいいっていう、街から山への「参勤交代」を主張していたんですね。都会にはある時期の必要な時だけ行って、あとは森に還えればいいと。でも、まあ、そんなことではとうてい間に合わない状況になっているんじゃないでしょうか。世の中には慣性の法則みたいなものがあって、重たいものほど動き出したら止まらない。都市システムもそうで、大きいシステムっていうのはなかなか潰せないですね。だから都市化の傾向というのはもう止まらないでしょう。

 

三枝:日本という国単位で考えた時、敗戦後の目覚ましい経済成長を経験し、経済大国になったことが今でも大きな誇りのひとつとなっているとは感じますが、とはいえ、今や経済成長は中国やインドに抜かれ、環境問題やデジタルの世界でもリードできてはいない。
そんな中で、日本人はこれからどういうところに誇りを持っていったらいいのでしょう?日本の将来の幸せはどういうところにあると思われますか?日本の未来に希望をもつヒントのようなものはないでしょうか?

 

養老:そうですね。今回のパンデミックがあって日本の立ち位置がはっきりしてきましたね。そして、今は、「人はなぜ生きるのか」「生きるとはどういうことなのか」「幸せとは何か」「人生とは何か」みたいな、昔でいえば若者たちの考えるような問題が、大人のものになってしまいました。

でも、未来に希望を持つとか、そういう考え方そのものが、都市化された考え方の延長なんですね。だって、昔はごく普通に「今を楽しむ」「人生っていうのは今しかない」という考え方があったのに。今はそうではなくて、将来思考ですね。子どもがそれに引きずりまわされて、大人になってからどうのっていう考え方で教育されてしまっている。例えば、小学生のうちからプログラミングだとかって。基礎もない小学生に何を教えればいいの?って、プロの人たちはみんな笑っていますよ。将来必要になるからって素人が考えているだけなんですよ。

よく考えればわかるように、子どもの時代もその子の「人生」の一部ですから。その時代が幸せだということは、その子の人生が幸せだということです。その幸せを今の大人たちは子どもに与えていない。人生の幸せを知らないまま大人になったって上手くいくわけがないのです。

子どもを幸せにしてあげるのは、ぜんぜん難しいことではないんですね。子どもが要求することってそんなに大層なことじゃない。一千万円の車を買ってとか、そんな要求をするわけじゃないですよね(笑)?子どもが幸せそうにしている状況ってどんなものか、本当は、少し前の日本で育った人たちは知っているわけです。時間を自由に使って好きなモノやコトに集中して遊ぶとか、それも子どもの人生のうちですから、そういう幸せを与えてやる。そうすると子どものうちに「人生は生きるに値する」ということが理解できる。これはすごく大切なことですよ。

今は、そういう子ども時代を過ごしてこなかった大人が世界を作ろうとしているんですから。だからこの間も、スマートシティの議論を聞いていて、何を作ろうとしているのかよくわかりませんでしたね。

三枝:なるほど…

サヱグサはこれから、子どもたちに良き体験となる“場づくり”をしたいと思っています。そこでは何かを教えるのではなくて、本物の自然を体験できる場とか、芸術家を身近に感じられる場とか、子どもがそれぞれの感性でいろいろな気づきを得られるような「場」を作ってあげるのが良いのではないかという仮説を立てているのですが、それが子どもの今を幸せにしてあげることにつながるでしょうか。どう思われますか?

 

養老:具体的には、それがどんな場かというのが大切ですよね。それを与える時期とか。
いつ、どこで、なにをするか。最近、そういうことを考えているっていうのを、けっこうあちこちから聞きますね。教育そのものを変えた方がいいのではないかという意見もかなりあります。

 

三枝:それは学校教育のプログラムを見直すということですか?

 

養老:子どもに大きなストレスを与えてしまいかねない学校制度そのものを考え直すってことです。最近は不登校がほんとうに増えてきましたからね。それが半分以上になると制度を変えることも可能なのですが、まだまだ現状では今のシステムがあった方がいいという考え方が半分以上ですからまだ無理ですがね。

 

三枝:私たちが学校教育そのものにメスを入れられるとは到底思っていないので、学校教育には改善を期待しながらも、それ以外の時間で私たちに何か出来ないかと考えているんです。根本解決になるかはわからないのですが、それにしても、月に一回でも、お子さんたちをそういう場においてあげられれば、子ども本来の気づきや興味を引き出せる可能性が少しでも高まるのではないかと期待しています。

 

養老:そういうことを考えた前例が自由学園ですね。僕は、そこで子どもたちが描いた絵をみてとっても感動しました。すごくいい絵で、もらって帰りたかったくらいでした。

 

三枝:先生がご覧になったその絵たちは、子どもが教え込まれて描いたものではなくて、感性のままに描いたものなのですね?

 

養老:そういうのって、通じるんですよね。僕は絵の採点をしたこともなければ良い悪いも言ったことはないのですが「欲しいなー」と思った。本当に感じのいい、側にあったらいいなと思うような絵なのです。

三枝:どんな絵なのか見てみたいです。感性のままにと言えば、先生は「養老の森」などで子どもたちへの色々な取り組みをなさっていますが、「教えない森の学校」というプログラムがありますね?

 

養老:山の中でただ遊んでいればいいっていうね(笑)。

 

三枝:それは、さっき言ったように、森という場を用意してあげるだけで、あとは落ち葉を拾おうが、昆虫を捕まえようが、ちゃんばらをはじめようが、木に登ろうが、子どもたちが考えて…

 

養老:考えてっていうより、子どもがひとりでに始めたことをただ見守るんです。

大人は、子どもがどう感じているかっていうことについて、時々考えた方がいいと思います。少なくても、「子ども時間も人生のうち」だっていうことを、世の中の常識にしなければいけません。

 

三枝:ほんとうにおっしゃる通りですね。

 

養老:昔はそれが常識だった。なぜかというと、子どもが小さいうちに亡くなることが珍しくなかったからです。親は、「この子の人生はいつ終わるかわからない。だから今を思う存分生かしてあげたい」と思っていたんです。だから昔の人はそういう意味でも子どもに優しかったですね。僕がまだ子どもだった頃はそんな時代でしたから、大人はみんなそれを知っていた。けっこう厳しかったけれども、その時その時を存分に遊ばせてくれました。将来がどうだからとかっていうアホなことは言わなかった。

 

三枝:でも、世界的な傾向となっている都市化と子育てが連動した場合、システムを優先させるということが当たり前のことになったら、その上に成り立っていくしかなくなってしまうので、なんとかしないと…。

 

養老:今の世の考え方で次に起こって来るのは、教育を使って子どもをAIに向いたように変えちゃうということです。人の方をシステムの方に合わせる。独裁ってみんな嫌がりますけれど、資本主義もそういう状況になってきている。

最近、斉藤幸平さんという方がいまの状況に危機感をいだいて『人新世の資本論』という本を書かれておられますが、最近は彼のように若い人が提言をするようになってきましたね。震災のあともそうでしたけれど、コミュニティをどう考えるのか、根本はそこに行きますね。人は社会性動物ですから、生きていくためにはある程度の集団が必要です。その集団をどう考えるか。ヨーロッパではよく自給自足の村を作っていますけれど、そういうコミュニティを再生しようという方向がある。都市化の逆ですね。

 

三枝:私は、イタリアのアルベルゴ・ディフーゾ(*イタリアでは日本と同様に少子高齢化が進んでおり、地方の小都市、集落では人口減少や地域経済の衰退が問題となっています。集落内の空き家、空き部屋を宿泊施設として活用し、地域を運営するアルベルゴ・ディフーゾは、地域活性化に向けた打開策として期待されています)に注目しているのですが、イタリアにはもともとコミュニティの考え方がしっかり残っている気がしますし、あれが歴史の強さなのかなと思うこともあるのですが、日本はずいぶんと都市に偏ってしまっていますね。

 

養老:日本ってずいぶんと面白くて、一斉に変わることができるんです。物事を一面的に評価してしまう。一億玉砕の国ですからね。いまだにその癖が治っていないのでしょう。

 

三枝そうすると、もし、昔に戻すべきだってなったら、一斉に都心を離れるんでしょうか(笑)。

 

養老:ありえるから言えないの(笑)。

三枝人工物である都市を破壊する必要はないでしょうけど、日本人はもう一度、自然とか里山で本来の人間としての営みに触れる機会を増やすとか、バランスを少しそちらにシフトしてあげないといけませんね。

 

養老:脱資本主義の考え方の裏には環境問題が裏にありますが、失われた20年とか30年ね、あれは、僕は、ひとつの機会だったと思っているんです。バブル崩壊後から経済が停滞して、いろんなことをするのにブレーキがかかりました。「失われた」というのは経済で物事を測っているからで、他のことで良くなった面もあるはずなんです。

 

三枝:そうですね。経済指標での評価の比率が高すぎる。

 

養老:本来、人の幸せなんて測れません。そんな中で、子どもの数っていうのは絶対的に幸せの指標となるもの。子どもが増えてくるような社会じゃないと未来もなにもないです。

 

三枝都市部の傾向として、少子化に加えて家族のスタイルも変化し、子どもが一人で過ごすことが多くなりました。そういう環境も子どもの成長に大きな影響を与えますか?

 

養老:そうですね。大いにあると思います。子どもにコミュニティがないということですね。僕らは、何の関係があるのかわからないじいさんばあさんによく怒られていましたよね(笑)。

 

三枝:それはよその庭の柿を盗んじゃったりしてですか(笑)。今は、知らない人に近づくなって子どもは言われていますし、大人も知らない子どもを叱るってことも怖くて出来ませんよね。サヱグサが交流をしている小滝という集落では、まだ、村の人みんなでそういう子育てをしていまして、これは非常に貴重な体験の場だと思っています。

 

養老:日本の出生率は、少し前の統計だと、一番高いのは鹿児島の徳之島、一番低いのは東京都目黒区だと言います。徳之島でも2.0はないのですが、その島では、「どんどん産みなさい。私たちが面倒を見るから」と周りの人たちが若いお母さんを応援してくれるそうです。

 

三枝:素敵ですね。少子化対策の成功事例として、フランスが子育て手当など金銭的な補助を厚くしたことがよく取り上げられますけど、根本はそういう問題じゃない気がするのです。

 

養老:はい。違うと思いますね。皆が、子どもが沢山いた方が楽しいと思えるコミュニティが出来ていないと。

三枝:やはりコミュニティ作りが重要なんですね。昔からずっとあった良いものが、どうしてこんなに壊れるのでしょうか?素朴な疑問で申し訳ないのですが・・・

 

養老:頭で考えるとどうしてもシステム化していきますね。都市化の問題もそこにある。無駄を省いてできるだけすっきりとさせたい。どこから見たって子どもの行動って無駄ですからね。例えば子どもは50年先の経済や社会なんて考えないでしょ。そういう物差しで測ると子どもが大切にされるようなコミュニティが排除されてしまうんです。

 

三枝:子どもたちにいろんな興味を持つきっかけを作らせていただけたらいいなと考えているのですが、もちろん、世の中がよくなったりするにはそれだけではダメだと思いますが、私たちができることとしてまずそこからと準備しているんですね。先ほど、タイミングが大切だとおっしゃっていたのですが、具体的にはどうなのでしょう。

 

養老:脳の機能に関していえば、非常に影響が大きいのは生まれてすぐですね。実験でわかっていることです。でもそれはそんなに心配することはなくて、ごく普通の刺激が必要なんです。例えば、生まれたばかりの猫を縦縞しかない環境で育てると、その猫は横縞を認識出来なくなるそうです。人はどんな環境にいてもいろんなものを見ていますから大丈夫ですが、視覚っていうのは一番小さい時の体験に影響されるということです。

問題はもう少し大きくなってからですね。データとして実証されていて、非常に重要なのは中学生の段階です。僕も昔アルバイトでね、予備校で中学生を教えたことがありますが、中学2年生までと3年生は全く違いますね。大人になりかかっていますから、あそこでいろんなことが決まってきます。

例えば、国立情報学研究所社会共有知研究センターの所長、新井紀子さんが『AI vs教科書の読めない子供達』という本を書かれましたが、「読解力」と彼女が言っている能力は中学生段階だけでも伸びる、でも高校生になってしまったら手遅れだそうです。

中学生期が重要っていうのは、結構面白い問題を含んでいます。僕はいつも公演で説明するんですけど、一番はっきりするのが数学ですね。中学になると算数から数学になって、数式の中に文字が入ってくるでしょう。例えば、2x=6よってx=3とか。ここら辺から少し変わった子が出てくるんです。「Xは文字でしょ。3は数字でしょ。なんでイコールなの?」って。

 

三枝:イコールで結ぶことに抵抗があるってことですか?

 

養老:そう。文字と数字をイコールで結んでいいのかって悩んでしまう。感覚ですね。これは。もっと極端に、文字式を解いたらA=Bになったなんてのは許せないんですね。だってAはBじゃないから。そういう時に、都市化の状況と一緒の現象が起きます。

つまり、A=Bにひっかからない子の方が学校の勉強には有利なんですね。そう言う子はどんどん勉強が進む。そこでひっかかってしまった子は、上手くいけば芸術系の大学に行くかもしれませんが、大抵は勉強が嫌いになって、変わり者という風になって、落ちこぼれてしまう。今の世の中、個性がある子供をそうやって選別していきますから。本来は、どっちが良いとか悪いとか言えないですけれどね。

 

三枝:今の社会の一般的なルールでは、そこに選別をしてしまって、例えばA=Bをすんなり理解する子が有利な状況を作ってしまっている。でも、いつの時代にも似たようなことはあるのですよね。

 

養老:どんな社会も完全無欠ってことはないですから。必ず合う人とそうでない人が出来てしまいます。

 

三枝:そうすると、私たち大人は、そういう子が進んで行ける道を示してあげる、その子が心地よくいられる余白を作ってあげなければいけませんね。

養老:そうですね。それが子どもというか、人間に対する理解ですね。

今の世の中で怖いのは、先ほども言いましたが、人の方を変えようとする傾向です。
50年前ならば考えられなかったような、生命科学技術を人体に施すことを、今は当たり前に政府が奨励する時代ですから。自然環境もそうです。みんな自然って簡単に言うけれど、今は環境自体を、人工林じゃないですけれども、人工的に激しくいじっているでしょ。そうすると、自然のままって言っても何が自然なのかよくわからなくないですか?
人間も、システムに変えられてしまった自然です。人間らしくって言っても意味が曖昧になってしまう。だから、今いる人間を基準にしてものを考えるというのが危なくなってしまった時代なんです。それが非常に嫌な感じがしています。

 

三枝:倫理観も時代で常に変わってきているってことなのですね?そんな中で、今、子どもたちの為に何が出来るのかと…

 

養老:まあ、世の中の状況を憂いて悩んでも何とかなるものでもないから、気づいたのなら、やるしかないですよ。

 

三枝:そうですよね。今確実に言えるのは、子どもたちが、今の都心の生活の中では出会えない気づきのための場所作りというのを年齢に応じて作ってあげたいということです。

養老:ずっと前から思っていたんですけれど、よくブータンの幸福度が高いって言いますけれど、ああいう国の子と日本の子を、学校ごと入れ替えてみたらいいなって。期間を決めてね。

 

三枝:先生、私も同じようなことを!少し前に中央区の築地にタワーマンションが出来ましたが、それで子供が一気に増えて、それまでずっと縮小して統合してきた小学校が足りなくなった。だから巨額の費用をかけて小学校を建てるという話を聞いた時に、それなら、中央区の3・4年生は長野県栄村の小学校で学ぶことにすればいいじゃないですか!って本気半分で提案したことがあったんです。学年まるごと里山留学です。あちらの学校はガラガラですから。中央区は新しいインフラを作らなくて済みますし、義務教育の中でしっかりと自然体験、里山体験が出来るじゃないですかと。いいねと言われた記憶がありますが、実現はされませんでした(笑)。

 

養老:必然性が理解されていないんでしょう。子どもの重要性が認識されたなら実行されると思うんですけどね。僕もよく冗談混じりに言うことがあるんですよ。学区制ってあるでしょう?それを歩いて1時間以上のところにしようって。僕はね、中学高校と片道45分のところに通いましたら、たちまち健康になりましたから。体を作る意味でね、歩くって大切ですよ。それが田舎道だったらもっと良いですよ。

 

三枝:そうですね。通学路が長ければ、行き帰りで兄弟以外の学年の違う子たちと交流して仲良くなるとかもありますね。今は田舎の子も車で送り迎えされてしまって、歩かない子も多いって聞きます。せっかくの環境があるのになんだかもったいない。

 

養老:残念だけれど、頭の中が都会化してしまっているんですね。

画:渡辺栄一

三枝それに、一人っ子で同級生も少なくて遊ぶ子も近くにいないので、一人でテレビゲームをしたりして、都会以上に、外で遊ばないっていう子がけっこういるようです。だからこそ、都会の子達を留学させるのって、お互いに意味があると思うのです。

必要なのは子どもたちの体験値を上げる場をどう増やすか。子どもたちがそこでどう感じるのかは、大人がリードをとる必要はなくて。里山や森に子供たちを放した時に何を感じるかはそれぞれ違っていていいのですよね。

先生が「昆虫好きの子は沢山いるけれど、本当の深い昆虫好きは100人に1人くらいだ」とおっしゃっていましたが、そんなものだと思うんですね。だから私たちは、子供が本当に好きと思えて夢中になれるコトに出会うチャンスや場をできるだけたくさん提供してあげれば良いのでしょうね。

 

養老:僕の知り合いでね、栃木県の茂木(*ツインリンクもてぎにある自然体験施設「ハローウッズ」森)で、「30泊31日キャンプ」というのをやっている﨑野さんという人がいます。彼は子どもたちを本気で心配していて、学校をつくろうって話をしているんですけれどね。彼のキャンプは、何もない山の中でね、屋根のついた小屋だけがあるんですがね、そこで子どもたちが夏休みの30日間を、朝から晩まで体を動かして暮らすんです。毎朝自分で水を汲んで、火をおこさなければご飯が食べられない。トイレも山の中の階段を100段くらいあがらなきゃいけなかったかな。そんな本格的なキャンプです。

 

三枝:生きることを学ぶのですね。

 

養老:そうですね。あと、そこで学べる一番のことは身体性ですね。人間にとって、自分の身体性っていうのが一番はっきりした自然ですから。思うようにならないですよ。それを自分で理解するんです。人間は、身体の動かし方の必然性みたいなものが脳に組み込まれている方がいいわけです。不便な状況も、日の出とともに起きて日の入りとともに寝るっていうことも、子どもはすぐに慣れますって言っていました。

 

三枝:子どもってそうなんですよね。里山にお子さんたちを連れていっても、半日あればすっかり馴染んでいる印象があります。

子どものある一定の時期までに、そういう体験をすることで、人間は自然の一部であると言うことを体に覚えさせる。そうするとその後、社会に出て、大変なことが沢山あるけれども自分らしく生きていける、素地みたいなものが出来るということなのでしょうか?

 

養老:そう。人間はそれがないと。結構無理がきいちゃいますからね。極端に言えば、過労死するまで無理をしてしまう。本当は自分の体を守ってあげなければならないのに、頭だけが先に行ってしまうとそうなりますね。

 

三枝:世間体とか、こうあらねばとかいう頭ですね。

 

養老:日本の場合は「こうしなければいけない」っていうのが激しいでしょ。そうすると自分の調子がわからなくなる。

 

三枝:そういうのを我慢して、栄養ドリンクを飲んで乗り越えましょうなんてね。最悪ですね。

 

養老:そんな話を、ヤマザキマリさんがオリンピックを題材にした漫画に上手く描いていますね。

 

三枝:『オリンピア・キュクロス』ですね!そう言えば、先生とヤマザキマリさんとの対談も本や動画で拝見しましたがすごく面白かったです。お二人は虫仲間ですね(笑)。

 

 

 

やはり子どもの問題っていうのは、ハードルも高いし、もちろん私たちだけではとても解決出来ません。でも今回、先生にお話を直接お聞きして、今の世の中からは明確な目的とか、短絡的な成果を求められがちですが、そうではなく、子供へのプラスになるような予期せぬ出会いや気づき、場づくりが重要なんだと確信しました。とにかく私たちに出来ることをひとつひとつ真剣に頑張らなければいけませんね。

 

養老:さっきの﨑野さんの活動もそこから始まったんですよ。30年やってきたら、キャンプで学んだ子達が大きくなって戻ってきて、子どもたちの面倒を見ているようですよ。子どもはそういうところが楽しみですよね。

 

三枝:教わった子が成長して次の世代を教える。それは素晴らしいし、やりがいがありますね。

 

養老:彼が考えていることはサヱグサさんと全く同じと思いますよ。もうひとつ僕が手伝っているもので、東京大学先端科学技術研究センターがやっている「異才発掘プロジェクトROCKET」というのがあります。学校教育に馴染めない子達に自分たちにあった学びを提供している。好きをとことん突き詰めさせてあげたりね。僕は生き物に関係するプロジェクトを受け持っていて、今年は四国から瀬戸内海の島を虫好きの子どもたちと探索しようと思っています。四国は東西で虫が違うんですよ。瀬戸内はどうなっているのか調べたい。

 

三枝:先生にいただいたROCKETの本『学校の枠をはずした』を大変興味深く読ませていただきました。「誰かが決めた100%ではないゴールを目指せ」のミッションの鈴木康広さんは、弊社のマガジン企画でもインタビューさせていただいたのですが本当に素敵な方でした。

今の時点で子どもをいろんな場所に連れ出したりして行動されている親御さんは、もうかなり認識の高い方たちです。まだ気づかれていない方達に向けて、都心部の中でそういうきっかけを作ってアプローチしていくのも我々の役割かなと思っています。
先生には、これからのサヱグサを応援していただけましたら嬉しいです。

今日は素敵な方々をご紹介いただき、そして貴重なお話をたくさんお聞かせくださりありがとうございました。

「バカの壁」の前にて。
この撮影の直後、先生が大好きなゾウムシをこの
壁の裏で発見! 捕獲の瞬間に立ち会いました。
その様子は動画にて!

< 養老先生のご推薦本 >

学校の枠をはずした: 東京大学「異才発掘プロジェクト」の実験、 凸凹な子どもたちへの50のミッション』東京大学先端科学技術研究センター 中邑研究室(著)、どく社

対談中に登場した、東京大学の「異才発掘プロジェクト ROCKET」の活動の実践をまとめた1冊。300を超えるプログラムから厳選した豊富な実例をもとに、凝りかたまった頭をときほぐし、わくわくする学びを生み出すしかけを紹介します。

養老先生の推薦メッセージ
「異能を育てる。教育における画期的な試行のレポート。本当に好きなことを続けたら、人生は生きるに値するとわかるはずです」

いまSAYEGUSA は、子どもたちが様々な感動や気づきに出会える環境を創造するブランドとして生まれ変わろうとしています。 SAYEGUSA が提供するホンモノの体験を通じて 子どもたちの感性や創造力を、もっと大きく、もっと力強く育ててあげたい。彼らの無限の可能性を引き出し、その未来をかたちづくるホンモノの体験を丁寧にひとつひとつ差し出せるような 夢いっぱいの”ワンダーランド(プラットフォーム)”を目指したいと考えています。 新しいSAYEGUSAをお披露目するまでの間、対談コンテンツ「Sayegusa Experience Talk」を配信いたします。大空に飛び立つ綿毛を見守るタンポポのように三枝亮とゲストが、夢に向かって飛び立っていく子どもたちにエールを送ります。