<インタビュー> 角野 栄子さん

2018.03.01

<インタビュー> 角野 栄子さん

声に出して読むことで浮かび上がる情景

*このインタビューは、2018年3月に公開されたものを再掲載しています

本と子どもの幸せな出会いは、未来を切り柘く特別な鍵をくれる。『魔女の宅急便』の原作者でもある絵本作家・角野栄子さんに子ども時代のお父さまと本の思い出や、声に出して物語を読む魅力などをお聞きしました。

photograph_Yoshihiro Miyagawa text_Aya Ogawa

角野 栄子(かどのえいこ)

絵本作家。1935年東京・深川生まれ。1959年から2年間ブラジルに滞在。70年その体験をもとに描いた『ルイジンニョ少年 ブラジルをたずねて』でデビュー。85年代表作『魔女の宅急便』を刊行。国内でアニメ映画化、舞台化、実写化され、2016年からはロンドンで舞台化。2000年に紫綬褒章、14 年旭日小綬章受章。16 年『トンネルの森 1945』で産経児童出版文化賞ニッポン放送賞受賞。著作、翻訳書多数。2018年3月、日本人で3人目となる国際アンデルセン賞作家賞を受賞。

角野さんにとって物語を声に出して読むことは、どのような体験なのでしょうか?

「物語を書いているとき、じっくりと読み直すために声に出して“音読”するんです。そうすると、書いたものが自分の声になって、外から耳に入ってくる。実は、眼で文字を追う“黙読”も、外から入ってくるのとは違いますが、音が聞こえているんですよ。お話会などで小さいお子さんが私の作品を声に出して読んでくださることがあります。そうするとひとりひとり、それぞれの物語ができることに気づきます。声に出して読む音読の良さは、その物語の情景が浮かびやすいこと。そこには“音”の存在がすごく関係していると思うんです」

 

角野さんは日本語が音となって響くときの豊かさやおもしろさを大切にしていて、独特のオノマトペをなるべく文章に入れるように心がけているのだそう。

「声に出して読むときに、節をつけてもらってもいいな、と思って。実は子ども時代、父が私たち兄弟を寝かしつけるために、よく節をつけながら話をしてくれたのです。自分が眠くなると特にね」

角野さんの子ども時代の本や物語との最初の出会いは、お父さまの読み聞かせとお話だったそうです。

「私が5歳のときに実母が亡くなり、幼い姉と私、弟を抱えて商売をしていた父は、2年ほどで再婚しその後すぐに出征したのです。その間わずか2年弱だったのですが、父は私たちにたくさんのお話をしてくれたんです。その時間が与えてくれた贈り物は、大きくなってからもずーっと私の中にあり今に至るまで潤いを与えてくれています。父は子ども向けの話や物語を選ぶのではなく、自分が見たり読んだりしておもしろかったもののお話をしてくれたように思います。たとえば宮本武蔵や『レ・ミゼラブル』。それからチャップリンの映画とか、リリアン・ギッシュ主演の『散り行く花』など、アメリカの無声映画のストーリーもありました。」

「おもしろい話が好きな人だったのね。貧しくて小さい頃から奉公に出されていた父には、心を解放するために物語が必要だったのかもしれませんね。生涯本が好きでした。私が小学1年生のときに戦争が始まり、父は出征。食べ物にも不自由し、世の中は不穏になっていきましたが、豊かに過ごせた日々でした。父は落語や講談、歌舞伎が好きで、口調をよく真似ていました。そして、独特の造語で子どもたちを呼んでいましたね。たとえば私たちのことは“チコタンチコタン、プイプイ、チコタン”とか呼んだりして。私だけでなく兄弟みんなそれぞれの呼び方と節回しの記憶があるんです。折り紙を折るときなどは“きちょーめん!”と言うんですよ。だから私は今だに折り目をつけるときに声に出さないものの、心の中でその言葉を繰り返してしまうくらいです」

お父さまは子どもたちを独特の節やリズミカルな造語で語りかけていました。その記憶が「声に出して読みたくなる物語」につながっているのかもしれません。

「もうひとつ忘れられない本の思い出は、初めて“自分の本”を手にしたときのことでした。もののない時代、本はみんなのものだったり借りたもので、“私の”ものではない。ところが中学に入学したころ、叔父が“評判がいい本があったから、栄子のために買ってきたよ”って言って『ビルマの竪琴』を渡してくれたのです。これが私の本、第一号でした。もううれしくてうれしくて、抱きしめました」

 

子どもの頃に本に触れることの豊かさを知ってほしい。角野さんはこんな提案をしてくれました。

「小学校進学祝いはランドセルだけでなく、本箱をあげたらどうですかって言っているんです。2 段ぐらいの大きさの本箱に好きな本を入れていって、いっぱいになったら自分にとって大切な本をその都度考えて、入れ替えていけばいい。絶対に捨てられない、これは自分の本、と本当に思えるものは、たぶん2 段の中に収まるのではないかしら」

 

20代でブラジルに移住した経験のある角野さん。想像したり冒険することが好きなのは、おもしろがることが好きなお父さま譲りと笑います。そんな角野さんはどのようにストーリーを生みだすのでしょうか?

「物語を書くとき、私はかっちりとプロットを立てているわけではないのです。『魔女の宅急便』を書くときは、“魔女のキキだったらどうなるかな?”と私がその子たちを見ているように考えるだけ。おもしろいことが起きないかな、と待っているだけなんです。そうするとどんどん私の心が動いて行くので、その心のままに書いていくんです。物語の終わりは考えていません。私自身“どうなるのかな”と心配になることもあるくらい。ところが3 / 4くらいまで書き進めるとストーンと自然に終わりに向かって行くの。」

「そこは私、神様がいると思うんです。まるで魔法のようですね。もしかするとそれは、父から聞いたお話や自分が読んだ本が、小さい頃から腐葉土のように積もって、私の言葉の辞書になっているのでしょう。どなたもそういう子ども時代を抱きながら、生きていくのではないかしら? だから子どもの頃に本やお話に触れることは、とても大切だと思うんです」

角野さんが言葉だけでなく絵も描いた絵本『いろはにほほほ』(アリエス ブックス)声に出したくなるフレーズとユーモラスな絵が「いろは」順に現れる。
角野さんが言葉だけでなく絵も描いた絵本『いろはにほほほ』(アリエス ブックス)声に出したくなるフレーズとユーモラスな絵が「いろは」順に現れる。
ご自宅のガラス棚に鎮座した黒猫ジジの置物。世界各国への旅先で出会った魔女やおばけなどの人形たちも皆、それぞれ物語を語りそうな風貌ばかりだ。
ご自宅のガラス棚に鎮座した黒猫ジジの置物。世界各国への旅先で出会った魔女やおばけなどの人形たちも皆、それぞれ物語を語りそうな風貌ばかりだ。