<対談> 平山廉さん×阿川佐和子さん

2024.02.09

<対談> 平山廉さん×阿川佐和子さん

古生物学者・平山廉さんが語る情熱を捧げる学問への道
〜人生において「遅すぎる」ということはない

今回の対談では、日本を代表する化石カメ研究者として知られる古生物学者の平山廉教授と、作家の阿川佐和子さんが自然界の驚異と古生物学の探求の旅について深く語り合いました。恐竜だけでなく、ミジンコとフジツボの意外な生態や、カメやワニ、クジラなど恐竜の時代を共に生きた哺乳類たちの進化に至るまで、平山教授の興味深い考察と、阿川さんの洞察力に富んだユーモア溢れる質問が交差します。画家・平山郁夫と作家・阿川弘之という大家を親にもつ二世として共感しあう場面も。お二人の対話からは、人生を豊かにする情熱の追求の大切さが浮かび上がりました。

Photo : Kazuki Matano

平山 廉(Ren Hirayama)

1956年東京都生まれ。古生物学者・早稲田大学教授 専門は古生物学、特に化石爬虫類、カメ類の系統進化や機能形態学、古生物地理学。慶應義塾大学経済学部卒業、1989年京都大学大学院地球科学研究科にて古脊椎動物学を専攻。2006年早稲田大学国際教養学部教授(国際学術院)。2004年「化石カメ類の系統進化学的研究」で鹿児島大学理学博士。著書に、『痛快!恐竜学』(集英社インターナショナル 2001)『カメのきた道 甲羅に秘められた2億年の生命進化』(日本放送出版協会・NHKブックス2007)『誰かに話したくなる恐竜の話』(宝島社 2013)『面白くて眠れなくなる恐竜』(PHP研究所 2020)『恐竜と古代の生物図鑑 圧倒的ビジュアルで迫る驚異の世界』(日本語版監修 ポプラ社 2021)など多数。父は画家の平山郁夫。

阿川 佐和子(Sawako Agawa)

1953(昭和28)年東京生れ。作家 慶應義塾大学卒業後、報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館 1999)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社 2008)で島清恋愛文学賞を受賞。その他の著書に『強父論』(文藝春秋 2016)『スープ・オペラ』(新潮社 2005)『うから はらから』(新潮社 2011)『ギョットちゃんの冒険』(スタジオジブリ編 大和書房 2008)『聞く力』(文春新書 2012)『叱られる力』(文春新書 2014)『話す力』(文春新書 2023)など多数。父は作家の阿川弘之。

平山先生(以下敬称略):私はウサギと、亀を12匹飼っていますが、阿川さんは何か飼ったことありますか?

阿川さん(以下敬称略):子供の頃は犬を飼っていました。あんまり仲良くない犬だったんですけど。一人暮らしを始めてからはペットの生命に責任取れないと思ったから、メダカ、ミジンコとか。ミジンコは面白かったですよ。っていう話をすると長くなるんですけど(笑)ミジンコは賢いんですよ。

平山:ミジンコといえば、フジツボっているじゃないですか。何の仲間かご存知ですか?

阿川:フジツボって岩とかにベタベタ張りついてるあれですか?貝ですか?

平山:ミジンコもそうなんですけど、節足動物なんですよ。カニとかエビに近いんです。

阿川:節足動物?ミジンコも節足動物?プランクトンじゃないんですか。ケンミジンコは確かにカブトガニの赤ちゃんみたいだけど。

平山:フジツボは卵から生まれるんですけど、卵から生まれた時ミジンコそっくりなんです。ちゃんと手足もあるし、目もあるし、泳いでる。体長1ミリくらい。ところが1週間くらい経ってくると自分の仲間がくっついている岩だとかにくっつく。種類によってくっつくところが違うんですよ。ウミガメの甲羅だったり、クジラの体だったり。

阿川:縄張り争いしないように?

平山:そう、すみ分けてる。ぺたっとくっつくじゃないですか。そうすると、自分の体が殻で覆われてきちゃうんですよ。

阿川:自然にですか?

平山:そうそう。もっとすごいのは、くっつくと、目も手足も、脳もなくなっちゃう。

阿川:はい?

平山:脳がなくなるんですよ。何が残るかというと、消化器官と生殖器官。

阿川:脳がなくなるの!? フジツボは単性生殖ですか?

平山:いえ。オスとメスがいて、卵と精子をわっと繁殖期に出すんです。それが海の中で混ざって受精して。

阿川:釈迦に説法ですけど、ミジンコは単性生殖で、メスがメスだけを生みます。あるとき、水質が悪くなったり、水の量が少なくなってきて、自分の環境が悪くなるぞと予見すると突然、母親はオスを産んで、メスとオスが初めて受精します。生まれた赤ちゃんはカプセルの中に入っていて、そこにいる限り水がなくても生きていける。孵化しない卵の状態でじっと待っていて、そこにきれいな水が集まってはじめて、「ここなら大丈夫かな」と孵化する。その予見能力はいったい何?と思ったんです。だって、脳がないんですよ。

平山:ええ。それを見るとね。人間にとって脳はすごく大事なんだけど、ただ生きるだけだったら、脳は必要不可欠なものじゃないと思うんです。

阿川:不要になるから無くなるんですか?

平山:その方が生存に有利だって選択されたんでしょうね。フジツボの化石ってね、2億年前、恐竜の時代から出てるんですよ。だから彼らはすごい成功してるんですね。世界中の海にいるじゃないですか。

阿川:恐竜より長生きの生き物って、ゴキブリぐらいだと思ってた。

平山:結構いますよ。

阿川:古生物ってどんなことを研究されているのですか?恐竜以外の生物も?

平山:ええ。人間もそうですよね。古生物というとね。 40億年前から化石は出るんですけどね、ただ10億年ぐらいまでは微生物の化石しかないんですよ。40億年から10億年までは多分、単細胞の生き物しかいなかったんですよね。

阿川:それこそ、プランクトンとかですか?

平山:そうですね。顕微鏡レベルで調べると岩の中にそういうのが残っているのが見つかるんですね。10億年以降は、細胞がたくさん詰まって、人間の目でも見えるような生き物が出てくるんです。
僕は特に恐竜の時代に興味があるので、大体2億年前から6百万年前くらいまでが研究範囲です。

阿川:急に近づいたような気がします。40億年前からくらべると(笑)。

平山:そうなんですよ。だから僕の中ではそんなに古いものをやってるって感覚がないんです。割と親しみを感じているんです(笑)。

阿川:ゴキブリはすごく歴史が長いようですが、今私たちが生きている時代にいる生物のなかで、フジツボ以外に恐竜と一緒に過ごした時代もある生物は何がいますか?

平山:ワニとか、カメもそうです。あと、哺乳類も。恐竜の時代ではネズミみたいな、小さい哺乳類しかいないんですけどね。

阿川:やっぱりそれは恐竜が跋扈してたからですか?

平山:なぜ恐竜の時代の哺乳類は小さいのか。ひょっとしたら、炭酸ガスが多すぎて哺乳類にとってはちょっと大きくなるのには不利な環境だったかもしれないです。炭酸ガスが多かったから、温かいんです。

阿川:今の温暖化と同じような?

平山:いや、もっと。今も、炭酸ガスがちょっと増えて問題になっていますけど、10倍ぐらいの濃度があったんじゃないかな。

阿川:今の温暖化って一般的には、人間のせいで地球は本当に迷惑している、かわいそうな状況になってきていると思うんだけれど、恐竜時代にも炭酸ガスが多かったのですか?

平山:多分ね、火山活動のせいだと思いますね。今はいろんな大陸に分かれていますけど、恐竜が登場した頃(約2億5200万年前)は地球上の陸地はパンゲア大陸一つしかなかったんですね。恐竜の時代の中頃(約2億1000万年前〜1億4500万年前)になると、それが裂けて海が張り込んで、アメリカ大陸とかユーラシア大陸に分かれた。その裂け目にあったのは火山なんです。火山っていうのはどんどん炭酸ガスを出しますからね。平均気温が今より摂氏10度は高かった。

阿川:南極とか北極の氷は?

平山:氷はないです。南極からも恐竜の化石とか、森に生えていた木の化石とか出てますからね。

阿川:そういう時代があったんですね? 私が知らないだけで(笑)。

平山:ええ(笑)多分、あんまり一般の人は知らないかもしれない。

阿川:そのあとに氷河期がくるんですか?

平山:氷河期はつい数万年前ですから。暖かい時代の後、恐竜の時代よりずっと後ですよね。ニューヨークは厚さ2000メーターぐらいの氷で覆われていたそうですからね。つい2万年くらい前までね。

阿川:つい数万年前、ニューヨークが・・・。氷河期になった理由も諸説ありますが・・・

平山:炭酸ガスというよりは、太陽の活動がちょっと衰えたからじゃないですか?太陽の活動もずっと一定じゃなくて波があるみたいでね。

阿川:疲れちゃったのかしらね。

平山:(笑)ちょっと休ませてよってね。

阿川:そういう意味では氷河期以降、太陽は頑張ってるわけですね。

三枝:摂氏10度って言ったらどのぐらいの差になるんですかね。

平山:僕が調査してる岩手県がアマゾンみたいな気候でしたからね。赤道付近は暑すぎて生き物はほとんど住めなかったかもしれないですね。

三枝:今の温暖化社会で皆さんが気にされてること。先生のお立場からはどういう風にご覧になっているのですか?

平山:まあ、もうしょうがないんじゃないですか。だって、人間これだけエネルギー使って環境を壊してるわけだし、それをやめろったって。だって人間の数もどんどん増えてるわけで、今は80億人ですか。

三枝:人類のいろんな行動による温暖化と言われていますけど、1億年前に10度高かった、その理由というのは火山活動で、人間と全く関係ないわけですよね。人間も地球上の生物の一つとするならば、これも自然体という捉え方なんでしょうか?

平山:石油とか石炭っていうのは、もともと大気中あるいは地上にあった炭酸ガスを地中に閉じ込めているわけですよね。それを人間がエネルギーとして使って、分解して地表に放出しちゃって、炭酸ガスが増えている。

阿川:石炭とかそういうのは、過去の温暖化の頃に出来上がったものなんですね。今の温暖化が一定の時期を超えると、また炭酸ガスが地中に埋まって、1億年後くらいの人類が、生きてるのかどうか知らないけど、エネルギーに利用するという状態になるかもしれない、と。この温暖化がどんどん進んでいくと、人類は恐竜みたいに氷河期に絶滅して…

平山:恐竜の絶滅は氷河期とは関係ないですけどね。人類がどうかなる原因ってやっぱり戦争じゃないですか?だってもう、人間には天敵っていないじゃないですか。地震とか火山とか自然災害はあるけど、巨大隕石でも落ちてこない限り自然災害で人間が全滅するっていうのも考えにくいですよね。

阿川:ちょっと抽象的な言い方になりますけど、これだけ人間が「我らが一番偉いんだ」と思って科学を進歩させて跋扈していることに地球や自然は怒っているんだと。「冗談じゃない。お前たちだけの地球じゃないぞ」と、要するに反乱を起こしているのかなと。

平山:反乱というか、リアクションが温暖化であり、それからコロナウイルスの蔓延ですね。あれも結局、特定の生き物が増えすぎて個体密度が高くなると、疫病というのは流行る。これも自然の摂理ですからね。

阿川:古生物学者というのは、恐竜の骨とかいろんな古い生物を発掘して研究しながら地球の摂理が見えてくる?

平山:そうだと思いますね。今の人間って目の前のことで右往左往するじゃないですか。だから、客観視というか、もうちょっと長い尺を持ってないと、なかなか心を穏やかに暮らせないのかなとは思っていますけれどね。

阿川:平山先生は何があっても穏やかそうですね。

平山:いえいえ、そんなことはないですけどね(笑)。

三枝:古生物学のお話で盛り上がってきましたけれど、まず先生がどういう生い立ちで、何をきっかけに古生物学に魅力を感じられてその道を進まれてきたのか、お伺いしたいです。

平山:どこで見たのか、小さい頃は怪獣の絵をよく書いていたんですよね。僕は生まれてすぐに、広島尾道の生口島(いくちじま)にある父の実家に預けられていたんです。母も芸大の同級生だったんですけど、とにかく父の稼ぎだけでは借金返せないんで2人で共稼ぎしていてね。当時は保育所みたいなのなかったんでしょうね。祖父は、早稲田を出たあと毎日新聞に2年だけ勤めて、あとは資産家の奥さんをもらって働くのをやめて、人のために借金までした信心深い篤志家だったんですけどね。そのおじいちゃんのもとでしばらく育ったんですね。5歳になって、父母のところに戻ってきたんですね。だから、びっくりしましたよ。「本当の親はこの2人だ」って言うんでね。しかもおふくろはすごい怖くて厳しい人だった(笑)。

阿川:小さな頃は生口島で育ったのですね。いい環境ですね。

平山:ええ、そうなんです。目の前が海だった。今から思うと、そんな大きい船じゃないんですけど、自衛艦が目の前をグワーって通ていった光景をはっきり覚えてますね。それで軍艦が大好きになりました。

阿川:なるほど、呉が近いから。

平山:東京に戻ってからは、父が、僕が小学校に上がるときに、『原色・前世紀の生き物』(岩崎書店 1960)という電話帳ぐらい大きい本をね、当時の値段で4800円くらいしたんですが、それをお祝いに買ってくれたんですよ。5億年前の三葉虫から始まって、恐竜もいっぱい出てくる、最後はマンモスや人間が登場する。今見ても、本当に素晴らしい絵なんですね。チェコ・スロバキアの絵描きさん( Zdenek Burian )と古生物学者(Josef Augusta)がコラボしていた。それは子供向けの本じゃなく大人向けで漢字だらけでね。今も古本で手に入ると思いますけどね。

ジュラ紀の竜脚類ディプロドクスの生体復元画
アウグスタ著、ブリアン画『原色・前世紀の生物』(岩波書店 1960年)より

モササウルス類と翼竜(プテラノドン)出典:同上

阿川:大人向けの古生物学の本をたった6歳の時に見て、一気に好きになったんですか?

平山:ええ。好きになったんですね。怪獣とか軍艦とか大きなものに興味があったから。小学校1年で白亜紀とか覚えましたね。

阿川:他には何をして遊ぶのが好きだったんですか?

平山:普通に鬼ごっことかしたんじゃないですかね。大きな袋をかついだホームレスのおじさんをみつけては「人攫いだー。わー」って。

阿川:ワンパク坊主だったんですね(笑)。

平山:そうですね(笑)。走りは好きだったんですけど、高校に入るまで全然運動をやってなかったんですよ。中学2年の時、校内マラソン大会で10何キロ、みんなどこ行ったんだろうって思いながらゴールしたら、「お前2番目だぞ」って言われて、「えっ。俺、そんなに足早いのか!」とびっくりしたんですよ。意外に体力あるんだなって。だから中学は受験で忙しいんだけど、高校入ったらスポーツやりたいなと思ってね。格闘技が好きなのでね。

阿川:格闘技が?

平山:そうそう。僕は父と子供の頃からボクシングや相撲を見にいきましたよ。

阿川:平山郁夫さんはボクシングが好きだったんですね。意外です。

平山:大好きでしたね。父とは、ボクシングを見ている時は馬が合いましたね。

阿川:仲良しだったんですね。平山郁夫さんという芸術家の父親を持った長男としては将来何になりたいとかありましたか?

平山:当時、人間の化石を発見して有名になったリーキー博士(ルイス・リーキー 1903-1972 イギリス系ケニアの古人類学者)に憧れてね。自分も考古学者あるいは古生物学者になりたいなと思ってました。

阿川:絵には興味がなかった?

平山:うーん、そうですね。美術の時間になると、先生が僕の父のことを知っていて、「お前のお父さん」って話されるので、はっきり言って嫌だったんですよ。僕もそこそこ上手く描けるんだけど・・・

阿川:お得意だったんですか?

平山:まあ、でも褒めてもらえないですよね。「お前はお父さんの遺伝子が入っているから当然だろう。」って、誰も評価してくれないんです。彫刻も得意だったんですけどね。僕が描いた絵とかを、同級生とか下級生が「ちょっと貸してちょうだい。自分の作品として出すから」って言ってね。貸してあげると、「すごくいい評価もらった!」って喜んでました。でも返してくるときに「いいよな。レン君はお父さんに作ってもらって、描いてもらえて」とかね。そういうことを言われてやっぱり面白くないわけですよね。

阿川:私も、中学に入って国語の成績があんまり良くないというか、全体的にそんなに良くなかったんだけど、そうすると先生が「お父さまは小説家なのに」って。本も読むのも苦手だったのでね、父親が小説家なのに、どうしてこういう子になるのかねって。うちの中でも「お前はどうして本が好きになれないのか?」って感じで。

平山:うちの家内も、お父さんが作曲家だったんですけど、やっぱりピアノを弾いたりするのが嫌だったって言ってましたね。

阿川:なんとなく、お父さんを憎んでるってわけじゃないけど、同じ道に行ってもしょうがないって、嫌だっていう反発心はあったのですか?

平山:反発心っていうか、父と同じことをやるのはちょっと無理だろうなとは思いましたね。だって朝から晩まで絵を描いてるんですから、そこまでできないなと思ったんです。

阿川:今はだいぶ違うけど、特に男の子はやっぱり職業を選ばなきゃいけない。私は、「旦那が小説家になりたいっていう人以外だったら穏やかな人と結婚したい」っていう専業主婦願望が強かった。そこに逃げられる予定だったのね(笑)。男の子はどうしても、父親の職業と対峙しなきゃいけない時があるでしょ。それをどうやって古生物学の方に?理系がお好きだったんでしょうか?

平山:いや、数学はダメで。高校入って微分積分とかでもうダメだなってわかった(笑)。

阿川:環境としてはどっちかというと文系ですよね。

平山:慶應の内部進学って医学部だけが特別で、それ以外はどこでも行けるんですよ。留年さえしなければね。で、まあ経済がいいかなと思って、大学は経済学部にしたの。

阿川:そこで確固たる目標はなかったんですか?

平山:そう。ただ、体は鍛えなきゃっていうんでね、高校の時、格闘技をやりたいと思ったので、最初はボクシングの道場に行ったんですよ。

阿川:ああ、だからちょっと耳が。これは体育会系の方の耳だなと思ったんです。

平山:ただね、目の前のスパーリングで上級生が下級生をボコボコにしてるんですよね。これはやばい。ちょっと見るのはいいけど、やるのは無理だなと思ってね、ガックリ歩いてたら隣がレスリング部の道場だった。入口の前に上級生のマネージャーがいて「君、格闘技興味あるの?レスリングやったらオリンピック行けるよ」って言われて「え、行けるんですか?」って、右も左も分からないから、やったらすぐ行けるのかと思って入っちゃった(笑)。高校、大学と続けて。で、こんな耳になっちゃった。

阿川:で、オリンピックは?

平山:もちろんダメでした(笑)。でもね、高校3年の時に、ラスト30秒で逆転されて1点差で負けた富山さんって相手がいるんですけど、その子は10年後にロサンゼルスオリンピックで金メダルを取りました。

阿川:じゃあ、銀メダルは可能性があったかもしれない(笑)。で、なぜ、レスリングの道から古生物になったんですか?

平山:レスリングは部員が少ないのでなかなか足抜けできないんですよ。連れ戻されたりして。でも大学入ってようやく将来のことを真面目に考えないといけない、どうしようかと。レスリング部の先輩からも「おい平山。お前みたいなのが会社に来ると迷惑だから、別の将来を考えろよ」とか言われていたんですよ。

阿川:なんで迷惑?

平山:多分そういう組織の中でうまくやっていけないと思われたんじゃないですか。人の言うこと聞かないし、すぐ口答えするからダメだって。僕はつい。

阿川:本音をすぐ言っちゃうタイプ?(笑)

平山:そうそう。で、どうしようかと。しかも、経済の授業は恐ろしくつまらない。卒業するには単位が必要だから、試験勉強だけはやらなきゃならない。本当にこんなことだけをやって大学終わっちゃっていいのかな?体は鍛えてるけど、やっぱり脳みそも活用しないとダメだなと。だけど、慶応だと自分が取りたい授業もない。そこで国会図書館に行くことを思いついて、好きそうな古生物だの化石だのの本を探したんです。それまで英語大嫌いだったんですけど、読めるんですね。好きだとね。

阿川:小学校1年の時に岩波の化石の本を見たときの気持ちは、ずっと続いていたんですか?

平山:刷り込まれてたんですよね。高校や大学ではレスリングに集中してましたけど、ティラノサウスなんて忘れたことなかったですね。

『原色・前世紀の生物』(岩波書店 1960年)より

国会図書館へ行って、「あっ、本当にすごいな。この分野。もうこれしかないのかな」って気づきましたね。親に「自分の好きなことあるから続けたい」って言ったら、それはもう大学院に行ってやるしかないよって言われて。とにかく今の大学は卒業して、それからどこ行ったらいいか探しましょうと。でも、京都大学には古生物学の博士課程があると知って、大学を受け直そうかなと思っていたところ、父の知り合いが京都大学の亀井先生を紹介してくださった。「また学部から入り直すのも大変でしょうから、京大の聴講生として何年か勉強して、それでも興味あるんだったら大学院の試験を受けたらどうですか?」って言われたんですよね。

阿川:そこに至る間で、どれくらい古生物について、どんな活動や研究をしていたんですか?

平山:大学に入ってからの図書館での勉強だけですね。大学に行って経済の授業を受けて、こんなつまらない授業を4年間続けるのか…もうちょっと夢中になるものを見つけないとヤバいな、僕にとって何が面白いんだろう、って思い返したら古生物学だった。

阿川:そこからでも遅くないんですね。今の若い人たち、18歳で進学する時に「自分の道を決めなさい」って言われるけども、そんなこと言われたって、何が本当に好きなのか分からなくて当たり前だろうって私は思うんですよ。

平山:人生は長いじゃないですか。100年時代とか言ってるのにね、20歳にもならないのに先のことを決めろって、ある意味無理だと思うんですけどね。

阿川:まだいろんなものを見たい年頃ですよね。その段階ですごく好きだと思っても、進んだところでそうでもなかったって思うこともあると思うんですよね。挫折したりして。そういう体験も私はいいと思うんだけど、そこで決めなさいっていうシステムが無理だろうと思うんですよね。

平山:そうですね。うちの親の口癖でね、「好きなことをやりなさい」って言うんだけど、やっぱり本当に好きなものを見つけるのに20年以上かかりましたよね。父はね、小さい頃からずっとアートをやっているから、天職を見つけるのが早かったなって思いますけどね。

阿川:世の中でキラキラ輝いている人たちって。やっぱり3、4歳から好きな道をずっとやって成功している人たちばっかりがフィーチャーされるから、「あ、私はダメなんだ。人間として」って私は思っちゃってました。「みんな、小さい頃につかんだこの興奮をずっと続けることで偉い人になれるんだ。私には何もない。」って。父の近くに居たくないっていう(笑)思いがあるだけで…。普通の子はそんなに簡単に見つけられないだろうと思うんですよ。

平山:僕はね、それはわかるんですよね。自分の体験としてね。何歳でも遅くない。国会図書館で一人で学んでいたわけですけど、やっぱりすごい役に立ったっていうかな。京都に行ってもね、自分の方が知識がないとは思わなかったですね。他の子はみんな理学部からずっとやってるんだけど、「なんだ。こんなことも知らないの?」って。
ただ、最初行った時はすごい緊張したんですよ。京都大学の、たくさんノーベル賞をもらってる理系でしょ?どんなすごい先生たちがいるのかなと。ウェルカムパーティーやってくれたんだけど、緊張しすぎて廊下でひっくり返っちゃった。バタンとね。ちょっとアルコール弱いから。

阿川:あらら(笑)。みんなは小さい頃から一途にやってきたんだろうっていうプレッシャー?

平山:それは感じました。聞いたらね、小学校上がるぐらいから化石取りだったとか、そんな子ばっかりだった。広島時代を除けば東京を離れて別のところに行ったのは初めてだったんですけど、やっぱり大阪・京都の人が多いんですよ。東京から変な奴がやってきたって感じで見られるし、関西弁もカルチャーショックだったし。

阿川:「中学・高校は何やってたの?」「レスリングです。」って(笑)。となると、体育会系のイメージが強かったでしょうね。で、聴講生から始まってコツコツと進まれたんですね?

平山:そうですね。2年経って大学院の試験を受けてみることにしました。ただね、当時は学部選り抜きの人でも大学院に入れない人が結構多かったんですよ。だから、3年受けてダメだったらあきらめるよう言われていたし、僕も、3回チャレンジしてどこかに入れればいいや、くらいに思っていたんです。そしたらね、大学院試験の1ヶ月くらい前に、下宿とかでお世話になった京大のOBから呼び出されて「試験受けるのやめろ」って言われたんです。「えっ?なんでやめなきゃいけないんですか?」って驚いたら「君ね、京都大学をバカにしてるのか。慶応あたりから来て、天下の京都大学の大学院になんか入れるわけないだろ。受けてもどうせ入れない。」って。その先生、うちの両親の知り合いだったんですよ。趣味で絵を描いてる人で。「君のご両親が恥をかくだけだからやめなさい。君はどうせお金に困らないんだから、趣味でやればいいんだよ。」って。余計なお世話だ、この野郎って思って、それから1ヶ月めちゃくちゃ勉強しました。そうしたら1回目で入れたんですよ。

阿川:いい刺激になったんですね。素晴らしい。そして、大学院に進んでステップを踏んで行って、最終的にカメの専門になるって決めたのはいつですか?

平山:大学院では研究テーマを決めなきゃいけないので、当時、魚とか哺乳類の化石をやってる人はたくさんいるけど、爬虫類はいなかったので、「じゃあ、僕は爬虫類やります」って手を挙げた。今でこそ日本もだいぶ化石が増えてきたけど、当時は研究できる化石を探すのは大変でね、先輩と被るのはNGだったので。亀井教授の部屋に1000万年くらい前のカメの化石があったんですよ。それは岡山の高校の先生から預かったものだったんですけどね。「それを研究したらいいよ」って先輩に勧められて、亀井教授に交渉したら「いいですよ」って。

阿川:亀井教授がカメの化石。

平山:そうそう(笑)それをお借りして、当時日本では誰も上手くやってなかったんですけど、薬品で石を溶かして骨だけ残すという方法をチャレンジしたら…

阿川:石が溶ける薬品?

平山:酢酸というお酢のちょっと濃いやつですけどね、それで半年くらいかけて、きれいに骨だけ取り出したんですよね。それが修士論文になったんですけどね。それプラス、生きているカメもいっぱい見なきゃいけない。もうあちこち駆けずりまわって。

阿川:カメはもともとお好きだったんですか?

平山:いや、それまでは全然。小さい頃にちょっと飼ったことはあるぐらいで特に好きじゃなかったんですけど、もう研究対象ですからね。どうしようもないので。

阿川:やられてみて、カメの何が面白かったですか?

平山:その当時、カメを使った新しい分類方法があってね。ニューヨークの自然史博物館にユージン・ギャフニーさんという新進気鋭の先生がいたんですよ。僕より15歳くらい上なんですけどね。その先生の論文にカメが出てきてね、カメを使うとこんなに面白い研究が出来るってことを教えてくれた。

阿川:カメの中にどんな謎が? カメ、私も飼ったことあるんですけど。

平山:実はカメってすごい化石で残るんですよ。トカゲやヘビは柔らかいから、なかなか化石が残らないけど、カメは頑丈な甲羅があるから残りやすいんですね。だから、化石がいっぱいあるんです。化石を使ってカメの進化をね。

阿川:甲羅から出したカメってどんな感じなんですか? 裸にすると?

平山:(笑)甲羅から出せないです。カメの甲羅って我々の肋骨や背骨ですから分離はできない。ヤドカリみたいなもんではないですから。

阿川:じゃあ、くにゃっとしたのが甲羅の中に入っていて、時々出ていったりするってことはない?

平山:(笑)出ることはないです。一体化してるんです。背骨や肋骨が表に出ちゃっているからカメって背筋とか腹筋がないんですよ。

阿川:そうなんだ(笑)。なんでそうなっちゃったんですか?

平山:それはもう不思議なんですけどね。たぶんカメの祖先はトカゲみたいな生き物だと思うんですけど、甲羅が出来ちゃったんですよね。その方が外敵から身を守るのに良かったんでしょうね。

阿川:カメはなんであんなに遅いんですか?

平山:甲羅が重いんですよ。骨だけにすると、骨格の重さの9割以上は甲羅なんですね。甲羅の内にも外にも筋肉がないですから、体全体に占める筋肉の割合は非常に小さいんですよ。

平山:これはカメ曼荼羅ですね(『系統樹マンダラ・シリーズ カメ編』株式会社キウイラボ 2018)。カメの進化。僕が監修して、絵は小田隆さん。今生きているカメだけでも300種類ですからね。300種類に枝分かれしているってことですよね。

阿川:ミドリガメしか知らないです。ダチョウが何でここに?

平山:カメとどういう関係にあるかってことですよね。実はカメはワニとか鳥に違いが近いんですよ。

阿川:人類はどこに?

平山:人類はこの中には入ってないです。

阿川:カメと親戚ではないんですか?

平山:親戚ではないです(笑)でも、カメと人間のDNAは60%くらい一緒なのかな。

阿川:ずいぶん近いじゃないですか。

平山:だって、ミミズですら40%は一緒らしいですからね。

阿川:え?人間とミミズが?

平山:チンパンジーとは1%しか違わない。

阿川:その1%が大きいんですね。ところで、昔のカメは恐竜みたいな名前がついてるんですね。トクソケリスとか。

平山:これ(右上の角)が一番古いカメで、甲羅はなくて、まだトカゲみたいな形ですね。

阿川:パッポケリス。「ケリス」って何の意味ですか?

平山:「ケリス」はギリシャ語で「カメ」の意味です。学名は、一部でいいからギリシャ語かラテン語を使えっていうルールがあって。「サウルス」ってつくと、爬虫類の意味です。あと「スクス」はワニです。人間は「ホモ」ですね。ホモサピエンスです。
その次に古いカメはこれ(パッポケリスの横)です。首が長いし、まだ甲羅はフニャフニャしてるんです。

阿川:フニャフニャしてる? それこそワニに近い。それがだんだん固くなっていく?

平山:そうですね。2億年くらい前だと、しっかりした甲羅のあるやつも出てくるんですけどね。しかもこいつはまだ首が引っ込まないんです。

阿川:え?首が出っ放しなんですか?なんで?

平山:首に柔軟性がなかったんです。耳もないんです。

阿川:え?カメって耳があるんですか?

平山:耳があるんです。パンって手を叩くと首を引っ込めますから、聞いてるんです。カメに耳ができたのは2億年より後なんですけどね。

阿川:へー。耳で聞いてるんですか。カメに耳あり(笑)。カメに耳があったの知らなかった。

三枝:カメのお話はつきませんが、今日は先生から宝物も持ってきていただいているようなので、こちらのご説明をお願いします。

向かって右から9000万年前の琥珀
600万年前のマッコウクジラの歯
600万年前のメガロドンの歯

平山:これは岩手県の久慈市の琥珀です。

阿川:そもそも琥珀っていうのは木の?

平山:樹脂あるいは樹液ですね。傷ができたり、木の中に空洞ができたりすると、それを埋めるようにして樹脂とか樹脂が出てくるんですよ。だから言ってみれば瘡蓋みたいなもんです。

阿川: 『ジュラシックパーク』の恐竜が復活したのは、そもそも琥珀の中の蚊が恐竜の血を吸っていて、その血から恐竜のDNAを抽出してという・・・マイケル・クライトン(『ジュラシックパーク』の作者)に会いましたけど。

平山:会われたんですか。 大きい方で2メーター以上あるんですよね?もともとは医学博士ですよね。

阿川:彼は、世界中の学会の未発表資料を読むのが趣味で、琥珀の中の蚊が吸った血液から生物を復活させられる可能性があるかもしれないというプロジェクトを読んだんだそうです。実際にはそういうことは可能なんですか?

平山:数万年前の、例えばネアンデルタール人のDNAだとか、あるいはマンモスのDNA、氷付けになってますからあれは取り出せるんですけど、どうも10万年以上経つと、DNAってやっぱり脆いので壊れちゃう。もう不可能になっちゃうみたいですね。

阿川:じゃあ、恐竜を復活させるのは?

平山:今の技術ではちょっと無理ですね。将来できるのかどうかは分からないですけど。

阿川:子どもたちは私よりずっと詳しいと思うけれど、恐竜については昔はみんな毛がないって言われたのが、実は毛が生えていたという説とか、新しい発見がいっぱいあるんですよね?

平山:そうですね。中国とかで、毛が残っている化石がいっぱい見つかってきましたからね。

阿川:マンモスみたいな毛が恐竜にあったり?他に新しい発見は何ですか?

平山:恐竜だと、色が残っている化石が見つかったりとかね。想像しかできないって言われてたんですけど、毛とか羽が残っている恐竜の、今のところ一部なんですけど、実際の色が残っていることが分かってね。

阿川:今考えてみたら、南国の鳥とか動物ってみんなものすごいカラフルじゃないですか。その頃は暖かかったわけでしょ?そうすると、南国の恐竜なんかは極彩色だったり?

平山:恐竜でもそういうのがいるって分かってきたんです。熱帯のジャングルにいるような色をした恐竜が、実際に見つかっているんですよ。頭が赤くて体が黒と白のツートンカラーとか。

阿川:京都の清水寺に行った時に侘び・寂びとか思ったけど、「冗談じゃない。清水寺はもうキンキンギラギラだった。カラフルどころの騒ぎないじゃない。遊園地か?って感じだった」っていう話を聞いた時に、「そうか古びているっていうことは、色を失うってことなんだ」って。

平山:パルテノン神殿だってそうだって言いますもんね。あれもキンキラキンのね。

阿川:そうすると、恐竜時代って、もっと世界中がカラフルだったかも?

平山 廉著『新説 恐竜学』(カンゼン 2019)

 

平山:だって、今の鳥だと思えばね。鳥の色って派手じゃないですか。

阿川:そうか。インコみたいな恐竜がいたかもしれませんね?

平山:鳴き声だってね、モノマネの上手な恐竜とかいたんじゃないですか(笑)。今の鳥に出来ることは結構できたんじゃないかって思うんですけどね。

阿川:まだ分からないことがいっぱいあるんですね。今残っている、というか、生きている鳥の一部が恐竜の子孫なのですか?私はワニとかそういう方向なのかって思ってたけど…

平山:恐竜の生き残りが鳥ってことですね。ただね、一番最初のワニってすごく恐竜っぽいんですよ。真っ直ぐ立ってる。ワニですら昔は毛が生えていたかもしれないからね。

阿川:ワニに毛が生えていた?犬みたいに?

平山:一番古いワニは手足がすごく長くて真っ直ぐ立っている。とてもワニには見えないんですけどね。それがだんだん水の中に入って。多分恐竜に遠慮しちゃったんじゃないですか。

阿川:恐竜から食べられないように水の中に?

平山:うーん、最初はワニの方がでかくて凶暴なんですよ。恐竜はすばしっこいけど小さかった。だんだん大きさが逆転しちゃってね。

阿川:恐竜はなんであんなに巨大化したんですか? あんなにって見たことないけど。

平山:全部が大きいわけじゃないんですけどね。でも、ティラノサウルスとかトリケラトプスでも象ぐらいの大きさあるしね。ブラキオサウルスとか、首の長いタイプの恐竜になると体重はなかなか推定難しいんですけど、最低でも50トン、ひょっとすると80トンぐらいだったんじゃないかと言われてますね。今の最大級の象で、8トンぐらいですかね?

阿川:そこまで大きくなるのはなぜ?必然というか、環境というか?

平山:今の象もですが、なぜ大きいかと言うと、一つはやっぱり天敵から身を守るためなんですよね。

阿川:強くならなくては生きていけない。

平山:象の背中に乗ったことあります?象の背中ってね、皮が分厚いんですよ。タイ人の象使いのコミュニケーションは草刈り鎌をバシバシ背中に刺すんです。刃が半分くらい入るんだけど、血も一滴も出ないんですよ。だから皮がね。めちゃくちゃ分厚いんですよ。

阿川:なんだか可哀想・・・時々痛いんじゃないかな。

平山:でもそうしないと象に伝わんないんですよ。

阿川:そこらの動物が噛んでも歯が届かない?

平山:爪もね。だからライオンやトラが象を襲わないのは、皮が分厚すぎて倒せないから。多分恐竜も、でかいやつは皮膚が分厚かったはずなので、そうなるとT.レックス(ティラノサウルスの学名(Tyrannosaurus rex)の略称)とか噛みついても恐らく倒せないんですね。急所に届かないから。

阿川:でもその分だけ太陽とか、食事とか必要ですね?

平山:まあね。エネルギーは補給しなきゃいけない。ところで野生の象って一日に食事ってどれくらい時間かけてると思います? 人間だと口の中に食べ物がある時間って1時間もないでしょう?

阿川:3時間くらいですか?

平山:20時間は食事。ほとんど寝ないで食ってるんですよ。そうしないと体を維持できない。巨大な恐竜もそうだったと思うんですね。化石を見ると歯の消耗がめちゃくちゃ早いってのは分かるんですよ。ゾウと巨大な恐竜歯の形や大きさは違いますけどね、歯の消耗が早いってのは多分一緒。

阿川:天敵から守るために強くならなければいけないから大きくなりました。でも大きくなると餌が大量に必要です。そうすると、四六時中食べてないと体を保てません。悪循環・・・

平山:煩悩ですよね(笑)。生き物って結局、人間だけじゃなくて生きるためにみんな煩悩を抱えてますよね。なんでそんなことをやるの?って。でも、それが生きるってことなんじゃないですかね。

阿川:利があり、悪がある。

平山:鹿の雄だって、あんな重たくて立派な角を生やして。でもそれがないと雌に相手にされないわけだから。

阿川:?。また話がずれてすみませんけど、なんで脳みそは一番外敵から襲われやすそうな頭のてっぺんにあるかっていう。それは一刻も早く、敵か味方か餌なのか、はたまた大事な異性を見つけるためにある。どんどん神経が先端に集中してくる。でもここにあるってことは、ものすごく危ないってことでもあるっていう。つまり煩悩?

平山:でもね、フジツボみたいに、子供のうちだけ脳があって、大人になるといらないっていう生き方もあるわけです。だからフジツボはある意味、煩悩を捨ててるわけですよ。脳がないってことは、煩悩はないわけです。

阿川:今に人類もだってこんなに科学が進歩すると足がなくなったり、目もいらないってこと言い出すかもしれない。だって目は実際に劣化してますもんね。

平山:DNAだけ残せばいいなら、脳はいらないじゃないですか。

阿川:(笑)。さて、この鰹節みたいなのはなんですか?

平山:この2つは、今度3月に行く千葉県で取った化石です。

阿川:え、じゃあ、今度3月に子供たちが行った時にこんなのが?

平山:運が良ければ出てくるかもしれない。琥珀は9000万年前ですけど、これらはずっと新しくて600万年前です。

阿川:ずっと新しいんですか(笑)。600万年前ってまだ人類がいない頃でしょ??

平山:こちらはメガロドン(「大きな歯」の意味)という最大級のサメの歯です。ギザギザがあるでしょ。これ鋸歯っていうノコギリの歯ですよ。T.レックスなどの肉食恐竜とかワニでもみんなこういうノコギリの歯があります。ステーキナイフと一緒なんですよ。肉食動物、大きな肉食動物ってみんなこういう歯がある。

阿川:歯がこの大きさってことは!?メガロドンってどのくらいの大きさですか?

平山:サメって歯しか化石に残らないんですよ。軟骨魚類の骨は柔らかいので。だから正確な大きさはわからないんですけど、この歯がずらっと並んで口の形に200本入ってました。

阿川:この歯が一匹で200本?人間は32本…

三枝:200本あったら、これ支える顎だけでも大変ですよね。

平山:そうですね。あの大きなドアを飲み込んじゃうぐらいの口の大きさですよ。だから体全体はおそらくこの部屋に入りきらないかも。少なくとも全長10メートル。20メートル近くあったという説もある。ただ正確な大きさはわからないんですよ。口の大きさしかわからないので。

阿川:その時代は大きいサメがいっぱいいたってことですね?

平山:世界中から化石が出ますからね。映画のジョーズはこのメガロドンがモデルになっています。あんな大きいサメ、今はいないじゃないですか。あれはこういうメガロドンが復活したっていうストーリーなわけですよね。

阿川:今の子供たちはジョーズを知っているかな?

 

平山:この化石は600万年前ですけど、メガロドンは少なくとも200万年前まではいたけれど、最初の氷河期が始まる頃にいなくなっちゃうんですね。

阿川:やっぱり体を維持させるために、今度は小さくして?

平山:小さくできなかったんですよね。メガロドン自体は絶滅しているんです。多分これだけの大きさになると主食はおそらくクジラとかイルカだったと思うんですけどね。何かしらの理由でクジラやイルカを捕まえることができなくなったんでしょうね。

阿川:え?イルカも600万年前にいたんですか?

平山:クジラやイルカの仲間はね、一番古いのは6000万年前、恐竜が滅びた直後からいるんですよ。
今日はお持ちしなかったんですけどね、耳の骨が独特なんですね。この間下見に行った時も「これクジラの耳だよ」っていうの見つけたと思うんですけど、すごく頑丈にできているので耳は化石に残りやすいんですね、鯨もイルカも。
こちらがね、600万年前のマッコウクジラの歯です。ティラノサウルスの歯は、ちょうど同じような大きさと形なんですよね。ここが歯で、ここから下は歯茎で骨に詰まってたってことですね。
メガロドンも含め、サメは歯がどんどん生え変わるんですよ。どれくらいで生え変わると思います?人間は一回しか生え変わらないですけど。

阿川:よく使うから頻繁に生え変わるってことですか?月に一回?

平山:そう。種類によっては毎週生え変わるらしい。こういう絶滅した種類になるとはっきりとは言えないんですけど、おそらく年に数回は生え変わったんじゃないかと言われています。

阿川:こんな頑丈なものが?それだけカルシウム補給が必要ですね?

平山:クジラとかを骨ごと食べているでしょうからね。餌さえたくさんあればカルシウムには困らないと思います。600万年前は、アフリカで最初の人間の化石が見つかる時代なんですよ。まだ立ち上がっただけで首から上は今のチンパンジーとすら変わらないんですけど。

阿川:それが遠い遠いアフリカから日本にやってきたのは?

平山:つい数万年前。

阿川:つい数万年前(笑)。これは中国大陸とくっついてた時代なんですか?

平山:日本海ができて日本が島になったのは2000万年前だって言われてます。

阿川:そうすると、千葉に発掘作業に行くっていうことは、もしかすると、もう中国大陸なんかにはなくなっちゃった生物を見つけることも可能ですか?

平山:中国ではサメとかクジラとか、海の動物の化石は全然出ないんですよ。全部陸の動物の化石だから、東アジアでこういう海の生き物の化石を見つけられるのは、もう日本と台湾ぐらいしかないんですよね。

阿川:そもそも今回はなぜ千葉に行くんですか?

平山:化石を見つけやすいんです。そこは昔、石切り場で、アクアラインとかを作るときに必要な大量の土砂を掘ってたんです。だから、600万年前の地層が人力で削られてむき出しになったんですね。これを見つけたのは30年ぐらい前なんですけど、行くと必ずこういうのが見つかったんですよ。その頃は家族サービスもしないでずっと通ってました。

三枝:東京からすごく近い千葉にこんなものあるのか!という驚きがあります。あと、地層が全部縦になっているのにも驚きました。

平山:もともと地層って水平なわけですよ。海の底に平らに積み重なったもの。それが垂直の壁になっているんです。巨大地震があると、おそらく0.1度ぐらいずつ傾いていくんですよ。それを900回繰り返すと90度垂直になる。600万年の間に多分それぐらいの回数は起きているんですね。場所によっては化石が出る地層が壁になっているので、この壁を見ながら探すという感じになる。こういうのが壁に張り付いているわけです。

阿川:じっと見つめていると見えてくるんですか?

平山:見えてきたり、ちょっと削るとポロッと歯とかが出てきます。先の尖った固いものがあれば削れます。

阿川:それにしても、こんなに綺麗に残るんですね。600万年前の地中に埋もれてたってことですか?

平山:地中っていうか、海底の砂の中に埋もれてたってことですね。ダイナマイトを使ったりしてボンボン崖を崩してくれたから。

阿川:それが出てきた。アクアラインのおかげっていう感じですね。

平山:そうそう。でもこれ見つけたとき、この辺ちらっとしか見えてなかった。

阿川:それだけで、これは大事だぞと思ったんですよね?

平山:その辺は経験ですよね。

阿川:プロの力ですね。雪山なんか温暖化で雪や氷が溶けてくるといろんなものが出てくるっていいますね?

平山:今、平均して厚さ3000mの氷で覆われてますけど、南極とかね、これからどんどん化石が見つかるんじゃないですかね。

三枝:今回のプログラムは、発掘現場まで行って自分がハンマーを持って発掘をするという行為そのものがとても魅力的です。大人の私ですら非常にワクワクしましたから、子どもたちにとって何よりの経験になるんじゃないかなと思っています。平山さんは長年、古生物と対峙されてきたわけですが、古生物学の一番の魅力というのはどの辺にあるとお考えでしょうか?その魅力を子どもたちにも知ってほしい、伝えていきたいと思っています。

平山:古生物学に限らないんですけど、子どもたちが何かを好きというのはやっぱり人間の本能だと思うんです。奇を衒うことなく好きなことを夢中になってやればいいじゃないか、その中に古生物、化石とか恐竜があるんだったらそれはそれで嬉しいですね。大人になるにつれてそういう興味が薄れちゃう子も多いかもしれないけど、でもその時だけでも本気で夢中になれるんだったら、それはいいことだと思うんですよね。

阿川:先生はなぜ好きな気持ちが薄まらないんですか?

平山:他にやることなかったからじゃないですか(笑)。

阿川:古生物学をやっていて何が一番、ご自分でワクワクしますか?

平山:やっぱりね。9000万年でも600万年でもいいんですけど、それまで埋もれていたわけじゃないですか。「自分が最初に見つけたんだ!600万年経って僕が初めてこいつと対面したんだ!」と思うとね、やっぱりムーッときますね。僕も亀とかで20種くらい新種を報告してますけどね、それに新しい名前が付けられたら本当に嬉しいですよね。

三枝:古生物とか化石について伺っていると、600万年前とか、何億年前みたいなお話になるじゃないですか。そうするとやはり、長いターム、目線を持つというのは、大事なことだと思いますね。

平山:そうですね。あと、先ほどの話の続きになりますけど、人間ってフジツボとは対極の存在でね。こんなにバカでかい脳があって、下手をすると、やっぱりまずいことを考えちゃうわけで。その究極が核兵器だったりするわけですね。だから、人間はこれからどうするんだって時に、じゃあ、この脳は何に使うのかっていうね。それがすごい大事なんだけど。やっぱりそういう意味では、古生物学みたいに、文化的なんだけどある意味お金にならないこと、一見役に立たないことも真剣に考えないと多分いけないと思うんですよね。

阿川:おじいちゃま、おばあちゃま、あるいはお父さんお母さんの言葉とかいろいろな態度とか、その中で、これがあったから僕は元気に大きくなったなとか、今大事にしているなと思う言葉はありますか?

平山:やっぱり広島のおじいちゃんのね「私は2年しか働いてないんです」かな(笑)。自慢してたのがすごい。僕にとっては財産というかね。「大丈夫なんだ。働くのやめたかったらいいんだやめればいいんだ。それでも生きていけるんだ」ってね(笑)。

阿川:これだけ長い時代のことを扱っていらっしゃるとあんまり悩まなくなりますか?

平山:でもやっぱり現実には…人が見つけた化石をお借りすることもあるわけですね。そうすると、早く論文とか報告書にして返さなきゃいけないとかね。そういう悩みはありますね(笑)。この化石は逆に、ある人に20年前に貸したのを、今日の対談あるから早く返してよって言って、つい一昨日返してもらったんですが。

阿川:でも20年なんて昨日みたいなもんじゃないですか(笑)。

三枝:最後に、今度ご一緒していただくプログラムの魅力はなんでしょう?また、現代社会で育つ子どもたちに一言、メッセージをいただきたいです。

平山:今の子はゲームが大好きですよね。ゲームの中でも怪獣とか化石だとか出てくると思うんですけど、こうして行く場所を選べば、実際自分で見つけられるので、ぜひ「なまの体験」をして欲しいですね。バーチャルじゃなくてね。そういう現場行くと単に面白いだけじゃなくて、地球の歴史、成り立ちがわかります。今度の千葉現場だって、水平だったものが、地球の歴史としては短い期間だけれど、600万年の間に垂直の壁になるって、これはすごいこと。これはある意味日本列島の成り立ちを凝縮した話なんでね。そういうのを実感してほしいなと思いますよね。何でもAIに任せればいいんだってなるとね、じゃあ、人間は何をやるんだって。退化しちゃう。でも、人間ができることって、実際に現場に行って、あるいは実物を前にして、体を動かすこと考えることですよね。それはAIにはできないと思うんです。

三枝:そうですね。まさに「真の体験」ですね。AIの方が優れてる部分もきっとあるんでしょうけど、それに負けた感が出てしまうと、生きがいとかやりがいが小さくなってしまう恐れがありますものね。

平山:やりがい、生きがい見つけるためにも、いろんな生の体験をして欲しい。その中にこういう化石発掘とかね、取り入れてもらったらいいのかなと思うんですけどね。

三枝:とても楽しみにしているので、よろしくお願いします。平山先生、阿川さん、今日は楽しいお話を聞かせていただきありがとうございました!

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